擬似家族による成長物語―新作アニメ『東京マグニチュード8.0』―

 こんばんは。甲南大学文学部社会学科四回生の入江由規です。ご無沙汰いたしております。
 
 今回は、フジテレビ系列の「ノイタミナ」枠にて、七月より放送が開始されました『東京マグニチュード8.0』について、お話させて戴きます。

 『東京マグニチュード8.0』は、夏休みに突如発生した海溝型大地震がもとに、一瞬にして大きく変わってしまった東京を描いています。仕事漬けの毎日を過ごす両親の変わりに、お台場で開かれているロボット展へ弟・悠貴(cv:小林由美子)を連れて来ていた主人公の未来(cv:花村怜美)。二人はロボット展からの帰りに、(悠貴の提案で)母親への誕生日プレゼントを選ぶ際に出会ったバイク便ライダーの日下部真理(cv:甲斐田裕子)とともに、崩壊した東京の町で、世田谷にある自宅へ戻ろうとします。果たしてこの先、どのような運命が未来たちに待ち受けているのでしょうか?甲南大学生の多くがお世話になっている関西テレビでは、次週7月28日の火曜日(25:40前後)に、第三話が放送されます。

 ところで、今日では自明のものとなりつつある設定ですが、本作に描かれている作品観の根底にあるものは「擬似家族」です。家族社会学の世界ではこれまで、夫婦関係を「生殖家族」(意図的な選択によるもの)、親子関係を「定位家族」(自生的なもの)と称してきました(大澤 1996(2009): pp124-125)。しかし、「大きな物語」の解体により、国家や伝統が個人を意味づけてくれなくなった社会では、普遍的な家族制度は機能しづらくなっていきます。この伝統的な家族制度に変わって、近年物語の世界で登場したものが、「親は無くとも子は育つ」(本来は、「世の中のことはさほど心配したものではない」という例え)を具現化させた、「擬似家族」という想像力です。先の家族社会学の用語を引用するならば、「親子」関係(本来の意味ではなく、たとえば擬似家族内での上下関係)が「生殖家族」になったと言えるかもしれません。
 擬似家族は、一種の成長物語と言えます。具体的な作品を挙げれば、古くは小花美穂先生の少女マンガ『こどものおもちゃ』の世界観は「擬似家族」であったと考えられます。「生きているだけで丸儲け」が同作のキャッチコピーとなりましたが、事実上「親に捨てられた」(=歴史や社会が意味を与えてくれない)倉田紗南と伊佐未勇は、それぞれに、血はつながらないが、高い密度をもつ共同体=「擬似家族」を手に入れることで、シビアな現実を強くサヴァイブしていました(紗南は幼い頃より舞台の上で、勇は自分を道具として扱わない両親の元を離れて、戦いの中に身を投じていきます)。また、2008年に放送された浅野妙子さん脚本のテレビドラマ『ラスト・フレンズ』には、両親の愛情に飢えて成長した藍田美知留が、親友の岸本瑠可、そしてその友人たちとシェアハウスで共同生活を営む様子(擬似家族)が描かれていました。こうした擬似家族は、「終わりが無い故に絶望的な」(物語の)世界を(90年代の『新世紀エヴァンゲリオン』に代表される古い想像力)、「終わりがある故に魅力的な」(物語の)世界へと彩ることに成功していると思います(宇野 2008)。急激な変化に立ち止まりやすく、時に引きこもってしまいがちな私たちにとって、(擬似家族を含めた、)異質な他者へと手を伸ばす姿勢が、今、急速に求められているのだ感じます。

 『東京マグニチュード8.0』に話を戻しますと、主人公の未来は、仕事漬けの両親に反発しています。そして、毎日の代わり映えのしない(ロマンの無い)生活に、嫌気をさしています(未来がメールに残した「毎日毎日ヤなことばっかり…。いっそのこと、こんな世界、壊れちゃえばいいのに」とする表現からも読み取れます。ちなみに、この直後、大型の海溝型地震が東京を襲うことになります)。また、未来が出会ったバイク便ライダーの真理は、毎日の多忙な生活に、一人娘に寂しい思いをさせてしまっていることを後悔しています。同作では今後、未来・悠貴・真理による協力関係(擬似家族)が、それぞれの傷を癒し、家族の再生と精神面での成長とを促していく様子が描かれることになるでしょう。同作は七月からの新作アニメの中で、筆者が今後の展開を、最も楽しみにしている作品となっています。

 それでは、今回はこのあたりで失礼させて戴きます。最後までお付き合い戴きまして、誠に有難うございました。今後とも宜しくお願い申し上げます。

 お身体にお気をつけて、お過ごしくださいませ。

 
 [文献]
大澤真幸, 1996, 『虚構の時代の果て』筑摩書房(文庫版『増補 虚構の時代の果て』、ちくま学芸文庫、2009。本稿では文庫版を使用しています)
宇野常寛, 2008, 『ゼロ年代の想像力早川書房

 [辞書]
電子辞書版「スーパー大辞林3.0」を使用しています

 [オンライン]
 東京マグニチュード8.0製作委員会, 2009(更新年), 「『東京マグニチュード8.0』公式ホームページ」
http://tokyo-m8.com/index.shtml, 2009.7.23)